僕と乾癬患者会(30代男性:Yさん)

小学5年11歳の時、ブランコから落ちて頭に大きな白いカサブタができました。これが最初の皮膚疾患でした。中学生になり、白いカサブタなんて忘れて勉強と部活に励んでいましたが、中1の冬にインフルエンザにかかり、その後に肺炎で入院します。1カ月休んだことにより、勉強の遅れ、自分の居場所がなくなり、不登校になりました。先生はみんなの前で僕をいじってきたりして、ますますストレスを感じて日々を過ごしていました。「今学期、40日も休んでるぞ」なんて言われました。不登校になってからの謎の皮疹は、頭皮全体が赤みを持ち、フケも増えました。床屋で「赤くなっているよ」と言われて悲しくなったのもこの頃です。

◆不登校のまま中学を卒業
中2の冬から精神的に一杯一杯になって完全に引きこもりました。悩みは誰にも言えません。学校を休んだ日は外に出てはいけないと「いい子」を演じていました。不登校のまま中学校を卒業。高校へは行かず、ストレスだった先生の訪問や親の「学校は行け、行け」から解放され楽になりましたが、外には出られないままでした。風呂にも入らず、着替えもせず、家族が寝付くまで、ただただ寝て、眠れない時はテレビとラジオを楽しむ生活。
謎の皮疹は16歳頃耳の裏や生え際に出だし、どんどん下へそして全身に広がって、まるで赤と白の“鎧”みたいになりました。赤と白の鎧は、普段は痒くなく、つっぱるタイプです。当時はエイズか?悪い子だから罰があたったんだと思っていました。
20歳の時、5~6年ぶりに外出。唯一喋る存在だった祖母が亡くなったのにお葬式に行けませんでした。夜パーカーを着て、フードをかぶり、近所の人や昔の友達がいないか、人と話すのが怖かったし、謎の皮疹を見られないようにして出かけました。夜の散歩に慣れて、買い物ができるようになって、パソコンやゲーム機を買い、インターネットのゲームにはまり、画面を通して人と繋がります。対人恐怖を突破して、どんどん人と関わり、全国、全世界に200人以上の友達ができました。こんな皮膚と髪形ではオフ会に行けない問題が勃発して、皮膚をどうにかしようと考え、皮膚科に行こうと決心しました。

◆勇気を出して、皮膚科に“尋常性乾癬”と診断
受付で震えながら住所、氏名を書き、診察室に入ると「尋常性乾癬だね」と言われました。「乾癬は一生治らないよ」とさらっと言われましたが、調べて知っていたので、ショックは少なかったです。それよりも「こんなに悪くなる人、いるんだね」とボソッと言われ、一生誰にも見せないつもりだった恥ずかしい体を見せたのにと悲しくなりました。「なんでこんなになるまで放っといたんだ」と先生に怒られなくてよかったのですが、肌の症状のひどい人が診察に来たら男性でも優しくしてほしいと思います。
治療を開始し、UVB(紫外線治療)を週3回通って、2カ月経ったころに体の6割が正常な肌になりました。頭や顔は改善しませんでしたが、看護師さんに理解ある理容師さんを紹介してもらい、人前に出れる髪形にして、オフ会に行くことができました。

◆患者会へ参加し、同じ仲間との出会いに感動
患者会との出会いは、P-PATの男性に「人が足りないから学習会を手伝ってよ」と泣き落とされ、乾癬学習会にボランティアとして参加した時です。会場で自分と同じ赤ら顔の人を見つけ、「おお!同じだ」と感動します。半袖の男性の腕に乾癬の皮疹がたくさんります。ほかの人も堂々と乾癬を出してる。異世界でした。患者会に来て驚いたことばかり。役員が乾癬なのに明るい。乾癬がひどくても普通に生活している。民間療法に騙されて何百万も使った人がいました。民間療法をいろいろ試して失敗談が多いです。
相談医の先生が友達みたいに接してくれ、先生方はカウンセラーみたいです。頭が良くて患者思い。どんな素朴な質問も一生懸命答えてくれます。自分の知らない治療の話がたくさん出て、飲み薬があるなんて知りませんでした。関節リウマチみたいなのも、熱が40度出るのも初めて知りました。全国の乾癬仲間に「遊びに来い」「手伝え」と言われ、関東各地の患者会に出掛けました。

◆勉強し、高卒認定を取得、そして働こうと決心
患者会はとても楽しいです。学歴、年齢など関係ない。乾癬ならば仲間。居心地の良さを感じました。求められる幸せ、役に立つ幸せ。行ってもいい場所がある幸せ。同じ乾癬でつらい思いをしながらもこんなに頑張っているのかと刺激を受け、自分も何かしなきゃと思い高卒認定を頑張って取りました。
その頃、生物学的製剤の治験の話が僕に舞い込んできます。治験に参加、何をやっても固いままだったお尻が20年振りにやわらかくなりました。自分のお尻を何度も何度も揉みました。生物学的製剤をやって幸せなこと。好きなシャンプーが使える、毎日風呂に入らなくても肌がつっぱらない、髪質が良くなった、くせ毛が和らいだ、「また肌着に血がついてるよ」って親に言われなくなった、短髪にできた、公衆浴場に入ることができた事です。
治験を始めて、数年後。やっと働こうと思い、若者サポートステーションに行って、就職に取り組みました。乾癬は薬だけじゃ良くならないと身をもって経験しました。学習会で得ていた知識、「体重を減らすこと」を実行します。毎日自転車をこぎ、半年で10キロから15キロ減量しました。作戦通り乾癬の皮疹が消えました。現在もしている体重管理です。肌はきれいなままです。
僕の考えた乾癬改善方法は、「毎日の塗り薬+体重管理+先生と目標を相談+患者会で得た知識+その他の工夫などなど」どうか皆さんいろいろと工夫してやってみて下さい。

◆相性のよい医師を見つけ、患者会をうまく利用しよう
たくさんの名医と話すと「患者さんの目標を叶えてあげたい」と思っているのがわかります。先生と二人三脚で頑張れば寛解になれる時代になってきたと言います。もし、現状の治療に不満がある人がいるなら「とりあえずこの先生となら頑張れる」「信じてついて行ける」と思える相性のいいお医者さんを見つけたらいいと思います。
僕の考えた患者会の利用方法は役員に声をかけ、同じ症状や興味のある治療経験者を紹介してもらったらいいと思います。乾癬友達を作ろう。世間話の中に有益な情報や治療のヒントは数多くあります。学習会のボランティアをして世間話をするのもいいと思います。懇親会に出て、納得いくまでいろんな先生に相談しましょう。遠慮せずに、セカンドオピニオン、サードオピニオンとたくさん聞くことができます。
最後に、私は乾癬じゃなかったら今でも引きこもりだったかもしれません。社会と私をつないでくれた乾癬という疾患に感謝しています。また社会の楽しさを教えてくださった乾癬患者会の皆様に感謝しております。乾癬コンプレックスとか、引きこもり状態にある乾癬患者の方も、乾癬の皮疹があるならいつでも行っていい場所、それが患者会です。学歴なくても、働けるものなんだと思ってくれたら嬉しいです。乾癬患者として奇妙な人生を歩んだ私の話をご覧いただきありがとうございました。

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